■ ないしょばなし

● サッカーと呼ぶ国は少数派
 サッカーWカップロシア大会が始まっていてテレビでも新聞でも大きな時間、紙面を占めている。子どもの頃はサッカーと言わず蹴球と言っていたが、いつごろからかサッカーと呼ぶようになったのか知らにない。
 国際サッカー連盟(FIFA)に加盟する国・地域の約9割は「サッカー」ではなく「フットボール」と、その国の言葉で呼ぶ。「サッカー」は米国など少数派だ。
 19世紀、イングランドで協会をつくり「アソシエーション(協会式)・フットボール」に。ルールを統一しことから英語のAssociationの「soc」からサッカーが派生した。
 慶応大では古い発音の「ソッカー部」が正式で、ラグビーが「蹴球部」を名乗る。東大や早大ではサッカー部は今も「ア式蹴球部」、筑波大はサッカーが「蹴球部」など今でも漢字名称を使うクラブが少なくない。
 これは戦時中に欧米から入ってきた言葉を、ラグビー・フットボールを闘球、アメリカンフットボールを鎧球
(かいきゅう)。ホッケーを杖球じょうきゅう)、アイスホッケーを氷球ひょうきゅう)など、欧米の言葉を漢字化したことによる。
 そして今でも五輪競技なら野球卓球水球と漢字の名称がつかわれている。また、「野球」と最初に言い換えたのは鹿児島市出身の教育者、中馬庚だとか。
(朝日 「いちからわかる!」より)


● 右と左は どちらが優位?
 「右」が「左」より優位なのはなぜ、と読者から質問がありました。日本語のことですが。
 なるほど、「右に出る者がない」「右腕(みぎうで)」といったように右がつく言葉にはプラスイメージがあるのに対し、左には「左遷」とか「左前」などマイナスイメージの方が強いです。


 「右上位」の起源をたどると、日本書紀(720年)の「今無出於麁鹿火(あらかい)右」(アラカイ=人名=の右に出る者なし、の意)という記述に行き当たりました。ところが、同じころの古事記(712年)には、イザナキ(神の親)の左目から天照大御神(あまてらすおおみかみ)が生まれたとされる一節があり、「左上位」とする考え方もあったようです。

 そういえば左大臣は右大臣よりも格上でした。いまでも舞台の左側(客席から見て右)を上手、右側を下手と呼び、床の間を背負えば左手が上座、右手は下座とする慣習があります。
 なぜ価値観が二方向に分かれたのか。時代ごとに左右への優劣が異なった中国文化の影響だとする説もありますが、定かではありません。日本では言葉は右、しきたりで左優先と使い分けてきたともいえそうです。

 一方、西洋では「右上位」で“言行一致”のようです。英語の右「right」は正しいという意ですし、ラテン語の左「sinister」には不吉な、という意味もあります。

儀式でも「右上位」となっています。国際儀礼にくわしい阿曽村智子・学習院女子大非常勤講師によると、二国間の首脳会談では、開催国が相手国を右側に配置させて、格上扱いするのが外交上の礼儀だといいます。日本でも右へならえで、安倍晋三首相が常に賓客の左側(向かって右側)に立っている姿が写真からも確認できます。

 共通の言葉を持たない世界では礼節がより重んじられるということでしょうか。いざという時に右往左往しない、そんなマナーは身につけたいものです。
 ( 朝日新聞「ことばの広場」より


● 男の8割が「配偶者より先に死にたい」 
日本ホスピス・緩和ケア研究振興財団(大阪市)が意識調査をしたところ、「先に死にたい」と答えた男は78%、女は50%と大きな差があった
 「自分が先に」と答えた理由を聞くと、「パートナーを失う悲しみに耐えられない」が最多、「死ぬときはそばにいてほしい」「パートナーがいないと生活が難しい」が続いた。上位三つを選んだ割合は男の方が高かった。 一方で「葬儀や墓を考えたくない」や「パートナーの介護をしたくない」を選んだ割合は女が多く、男より10ポイント以上高かった
 「自分が後に」を選んだ人に理由を聞くと、男女ともに6割が「パートナーの最期をみとってあげたい」を挙げた。「パートナーの生活が心配」は男が3割女が5割だった。
 理想の死に方を全体に尋ねると、心臓病などの「突然死」は8割が望み、病気などで徐々に弱る「ゆっくり死」は2割だった。一方、大切な人の死の場合は、ゆっくり死が4割に増え、20代では過半数を占め、年代ごとに開きがあった。


● 第31回 サラリーマン川柳 ベスト10
1位 スポーツジム 車で行って チャリをこぐ あたまで健康追求男/60代/男
2位 「ちがうだろ!」 妻が言うなら そうだろう そら/40代/女
3位 ノーメイク 会社入れぬ 顔認証 北鎌倉人/50代/男
4位 効率化 進めて気づく 俺が無駄 さごじょう/30代/男
5位 電子化に ついて行けずに 紙対応 トリッキー/50代/男
6位 「マジですか」 上司に使う 丁寧語 ビート留守/70代/男
7位 父からは ライン見たかと 電話来る アカエタカ/60代/男
8位 「言っただろ!」 聞いてないけど 「すみません」 中っ端/40代/男
9位 減る記憶 それでも増える パスワード 脳活/20代/男
10位ほらあれよ 連想ゲームに 花が咲く
 さっちゃん/50代/女

● 白内障手術 認知障害防ぐ光に?
 奈良県立医科大の緒方先生のグループが、奈良県内の高齢者2764人(平均76.3歳)を、白内障の手術をしたことがある668人と、したことのない2096人に分類し、認知機能の検査を受けてもらった。
 その結果、手術をしたことがある人のほうがしたことがない人と比べ認知症の前段階である
軽度認知障害(MCI)の割合が約2割少なかった
 これは手術によって視力がよくなるだけでなく、目に入る光の量が増え、体内リズムが改善し認知機能に影響した可能性があるのではないかとのことだ。
即ち、白内障の手術そのものに、認知機能の低下を起こしにくくさせる可能性が期待できるのではないか、とのことだ。


● アメーバなんて嬉しいじゃないか
アメーバなんて嬉(うれ)しいじゃないか。ひとつになったりふたつに分かれたり…変幻自在。自由奔放に生きている。素晴らしいじゃないか
                                岡本太郎

 
 前衛芸術家
が構想した大阪万博の太陽の塔。内部の《生命の樹(き)》の究極のイメージはこの原生生物にあったと、展示に関わった千葉一彦は回想する。いつも同じであるより、別の存在になるほうが楽しい。膨らみ縮み、合体し分離する。そこに生命の原形があると岡本は考えた。平野暁臣著『「太陽の塔」岡本太郎と7人の男(サムライ)たち』から。
                 「折々のことば 鷲田精一」1098 より


● 閑
時間は幾らでも出来るわけだが、「閑(ひま)」にはならない
                                   河野(こうの)与一

 稀代(きたい)の人文学者は、教職を離れた時、こう思った。ギリシャ語のスコレー(閑)はスクール(学校)の語源とされるが、学校を去って時間が増えても閑になるわけではない。
それは時間ではなく空間の問題だと言う。
時代を透徹した眼(め)で見るには、全体を俯瞰(ふかん)しつつ、しかも出来事に沿って自由に移動できる、そういう余裕のある距離感が必要だと。随想集『新編 学問の曲(まが)り角』から。
    
              「折々のことば 鷲田精一」1075 より


● レンジの「チン」 沈するかも
 おままごとは、子どもの遊びの定番。その様子を観察していた小櫃(おびつ)智子東京家政大准教授(保育指導論)が気づいた。
「あれ? チンって言わないんだ
 電子レンジを使って調理が完成すると、「ラララ~」と子どもがメロディーを口ずさむ。今時のレンジは「チン」ではなくメロディーを奏でる。子どもたちはそれを口まねしているのだ。その話を聞いて「うちのレンジは旧式だからチンだけどなあ」と答えたのだが、果たして家で確認してみると「ピー、ピー」。無味乾燥な電子音。「あらら、毎日使っているのに……」。無意識のうちに「チン」がすり込まれている。

 広辞苑は2008年発行の第6版で「ちん」を載せた。ほかの辞書にも多く採用されている。文化庁の13年度「国語に関する世論調査」でも「チンする」は、90・4%が「使うことがある」日常の言葉だ。

 ところが、ままごとを楽しむ子どもたちにとって「チンする」は、すでに死語だ。将来、辞書から外すこともありうるのか。「下駄(げた)を入れなくても、下駄箱という言葉は残っている。レンジでチンをレンチンともいう。しばらくは重宝されそうです」と三省堂の辞書編集者奥川健太郎さん。

 下駄はモノとして残っている。一方、「チン」はモノとしては残らない。使い勝手のいい言葉だけれど、音が消えれば「チン」は沈するかもしれない。最新のレンジにはギター音が組み込まれているとか。

  (朝日新聞メディアプロダクション 前田安正)
 新たに始まった 朝日新聞 「ことばのたまゆら」より


● 望遠レンズ
望遠レンズで撮ってる人は、もう写真辞めちゃったほうがいいと思うね。
                                  細江英公

対象に近づくのを億劫がっていては写真は撮れないと、写真家は言う。体を張り、感覚を総動員して身を晒さねば、事態をまるごと受けとめることはできないと。
 身を
外したくても外せない場所、何が起こるかわからない予見不能な場所に身を置くこと。それが現場にたつということなのだろう。書くことにも同じことがいえる。
美術家・横尾忠則の対談集『創造&老年』から。
                   「折々のことば 鷲田精一」
1059 より



● 「心配」が「心配り」に変わる1分間悟り
黙想し、次のことを頭に浮かべましょう。
①「心配」は反応(返信)が欲しくなる
②「心配り」は自ら行うもの
③ちゃんと配ったらあとは相手にゆだねよう→「返事がなくても心は届いている」と思えたら1分間悟り成功です。
(こころのモヤモヤ、イライラ、すっきり晴れる! ワニブックスの「1分で悟り」の広告 から)

● 折々のことば から
山よりでっかい猪(しし)は出ん
                ことわざ

 野生の獣が突然現れても、どんなにでかい図体をしていても、それが潜んでいた山ほどは大きくない。最初は怖ろしくて体ががくがく震えだろうが、じたばたせずに悠然と構えていれば、そのうちどこかに失せる。
 事を過大に見過ぎておろおろするうち事を見誤る。それに何よりみっともない。関西の人気ラジオパーソナリテェー、中村鋭一が昔、番組の中でよく口にしていた。



● 加藤登紀子のひらり一言 から
耕していない畑がいっぱい。
「農」も「脳」もね。

年齢とともに衰える脳がある一方で、その代わりに目覚める脳があるそうです!
使っていない脳を耕そう! 休耕田を見ながら発奮!


● 折々のことば から
病気になっても病人にはならない。
                田部井
淳子
 
 
女性として世界初のエベレスト登頂をなしとげた登山家は、抗かん治療を受ける中、夫とこう言い続けたという。「つらいのを忘れちゃっていい気分だけが残るから」と点滴の合間をぬって山小屋に通い、東北の高校生たちを富士登山に招待した。人生、「すり足でも一歩一歩でも前に」進めと。NHKのドキュメンタリー番組「田部井淳子人生のしまいかた」(昨年12月16日)から。

● 折々のことば から
深いつもりで 浅いのが知恵
浅いつもりで 深いのが欲
福寿園で使われている「つもり十訓」から


 福寿園は京都の製茶の老舗。「つもり」とはとんだ勘違いのこと。おのれを顧みて自重することのないこと。世の中には、謙虚という徳を横柄な口ぶりで説く人は少なくないし、懐疑の必要をつゆ疑わずに主張する人の珍しくない。同様の言葉は全国にいろいろあるようで、「高いつもりで低いのが教養。低いつもりで高いのが気位」という言い回しを耳にしたこともある。  鷲田精一


● 純喫茶
 気がつけば、街から「純喫茶」が消えていた。「純喫茶」という実体どころか、名称としての「純喫茶」も消滅してしまったらしい。若者に聞いても、みんな「純喫茶」なんて知らない。
私が学生だった1970年代には、街中のいたるところに「純喫茶」があった。純喫茶だけでなく、名曲喫茶やらジャズ喫茶やら同伴喫茶やらが街にあふれていた。つまり、今から何十年か前には、喫茶店には「純」とか「名曲」とか「ジャズ」とか「同伴」とか、必ず別のことばが冠されていたようだ。純喫茶「憩い」名曲喫茶「田園」ジャズ喫茶「ブルーノート」同伴喫茶「アムール」等々、冠されたことばと店名のバランスも絶妙だった気がする。
 ところで、純喫茶の「純」というのは何だろうか? 名曲やらジャズやら同伴やらは、それを売り物にする店なのか、ということは一目でわかる。しかし、純喫茶の「純」の売り物は何なのか?「純潔」「純情」「純粋」「純然」等々、純のつく熟語を並べてみる。意外とどの熟語も意味が濃密で面白い。「純潔」とか「純情」とかも、久しぶりに見た熟語の気がする。反射的に「不純異性交遊」等という言葉も頭に浮かぶ。
・・・(以下 略)
 藤原龍一郎(歌人) わたしの「もったいない語」辞典 中公文庫 より)

● 長い箸
地獄にも食堂があり、ごちそうが並んでいる。ただし、箸がとんでもなく長い。一生懸命に食べようとしても、なかなか自分の口に入らない。たくさんの食べ物を前に飢えるしかない。
 極楽の食堂の箸も同じように長いが、みな穏やかに食事を楽しんでいる。なぜか。お互いが向かいにいる人に食べさせてあげるからだ。
 このお話、自分のことだけ考えてはいけないとの教訓で知られている。国際貿易にもいくぶん当てなまらないか。(以下略) 「天声人語」
 18.03.06 より

● もったいない語
 先日近くの本屋に立ち寄った時、つい目に入ったのが中公文庫の『わたしの「もったいない語」辞典』。ぱらぱらとめくると懐かしいことばがたくさん並んでいてついつい買ってしまった。
遊びましょ、唄、縁側、お茶目、銀幕、子守唄、純喫茶、ちゃぶ台、ドーナツ盤、床の間、二枚目、ハンサム、鼻紙、一っ走り、ひ・ふ・み・よ、文通、まんまんなか、夜汽車、よそ行き、夜なべ、路面電車 etc ・・・

「今はあまり使われなくなって”もったいない”と思う言葉=もったいない語、を挙げ、自らの体験談と想いを綴ったもので、読売新聞・金曜夕刊欄に掲載されたものとのことだが、あなたにとってのもったいない語は・・・?


● 銀幕 - 
映画へのロマン想起
 (略)・・銀幕とは映写幕、即ち映像を映すスクリーンの意味で、かってはアルミなど銀被膜を塗ったものが多かったため、米国ではsilver screenと呼ばれ、日本ではそのまま”銀幕”と直訳された。
 そのうちこの言葉は映画そのものの意味として使われるようにもなっていく。しかも「銀幕の恋人」「銀幕への憧れ」などなど、この言葉を使うときは、どこかノスタルジックなロマンを想起させることが多い。
 しかしながら、映画をめぐる環境がめまくるしく変化していく昨今、特にフィルムからデジタルへと撮影・上映方式が大きく変貌し、ともすれば映画のノスタルジーまで薄れつつある中、銀幕なる言葉を見聞きする機会もめっきり減った。・・・・
 今、映画を見る手段は映画館やテレビ、パソコン、スマホまど多岐にわたるが、私自身は映画館などで鑑賞する行為を、いつしか「銀幕で見る」と言うようになっていた。そのつど、自分が映画を見始めた少年時代に想いを馳せることができるのが不思議なほどだ。 増党竜也(映画文筆家) わたしの「もったいない語」
辞典 より 




● 老年的超越
 朝日に、『衰えても幸せ「老年的超越」』というタイトルで、90歳を超えるほどの高齢になると、心身の若さを保つことは難しくなるが、以前とは違う「幸せ感」を抱くようになる人も少なくないという記事が載っていた。
 老年的超越とは
スウェーデンの社会学者がとなえたもので、高齢期に高まるとされる「物資主義的、合理的な世界観から宇宙的、超越的世界観への変化」のことで
自分が宇宙という大きな存在につながっていることを意識し、死への恐怖が薄らぎ、他者を重んじる気持ち高まったりする状態のことのようだ。
 「成功」や「達成感」を重視する若いころと異なり、ひとりでいてもさほど孤独を感じず、できることが減っても悔やまず、周辺への感謝が高まり、穏やかな幸福感になるらしい。加齢とともに心身の能力が低くなるがそれを否定的に受けとめない心に自然に変化するようだ。
 

● 折々のことばから
戦争を知っている世代が政治の中枢にいるうちは心配ない。平和について議論する必要もない。
                                      田中角栄

「だが、戦争を知らない世代が政治の中枢となったときはとても危ない」と続く。 
元総理は新人議員にこう語ったと、実業家で元中国大使の丹羽宇一郎が近著『戦争の大問題』に記す。跨ぎ越してはならない線がどこかを教えるのは、体験の重しである。丹羽の引いたことば、雑誌「通販生活」本年春号の表紙も飾っている。  
                                    鷲田精一 
2018.1.25 
                                    


● 雪やこんこん
雨は「しとしと」降る。風は「びゅんびゅん」吹く。では雪は。「しんしん」か。いやいや「こんこん」だろう。<雪はこんこん>と歌うではないか。そう思われる方もおられるか。しかし、こんこんの意味には諸説あるようだ。
 国語学者の岩井勲夫さんが、「こんこん」を擬態、擬音語と考えていいのか、と疑問を呈している。「雪や」と呼びかけているのだから、「来む来む」が正しいと。なるほど「雪よ降って来い」の意味だと思うと、雪だるまや雪合戦に興じる子どもの実感に沿うかもしれない。・・・・(以下略)
「天声人語」から

● 京都市バス 「後乗り」から「前乗り(先払い)」へ変更
 
京都市バスが観光客の増加で混雑が深刻化し現行の「前乗り・後降り」が半世紀ぶりに「前乗り(先払い)・後降り」に変更することに決めたとのこと。また、それにより乗降時間が短縮されると好意的な評価があるとか。
 東京都、横浜市、川崎市など首都圏では均一運賃を採用し「前乗り・後降り」が主流だが、関西では大阪市や神戸市、高槻市など市内全域、もしくは多くの地域で均一料金を採用しているにもかかわらず「後乗り・前降り」だ。
 記事の中で、バス専門誌の編集長が「大阪で後乗りと後払いが続きてきたのは、関西人は最後まで財布からお金を出したがらないという「珍説」もあることが紹介されていいた。

● 折々のことば から
Can I find a trick recalling pi easily?
                            円周率の覚え方

 
3.1415926……円周率(π)の初め8桁である。これを覚えるのに英語では字数で文を作る。それがこの「π(パイ)を簡単に覚える秘訣(ひけつ)はありますか?」という文章だと友人に教わった。
他にこんな文章も。
May I have a large container of coffee?(大きな器でコーヒーをいただけますか?)。
日本語だと語呂合わせで、「産医師異国に向こう」で始まり100桁まで行くのがあるそうだ。(鷲田清一)


注)netで調べてみると次のようなものでした。
産医師異国に向こう。産後薬なく産婦みやしろに。虫散々闇(むしさんざん)に鳴くころにや、弥生急な色草、九九見ないと小屋に置く。仲良くせしこの国去りなば、医務用務に病む二親苦、悔やむにやれみよや。不意惨事に言いなれむな」


● 100歳の心とは?
100歳近い人の心の内には、70代ごろまでの人とは異なる「幸福感、「老年的超越」と呼ばれる心が存在するそうだ。
「老年的超越」はスエーデンのラルス・トルンスタムが提唱した概念で、85歳を超えるとそれまでの価値観が「宇宙的、超越的なもの」変わっていくという。
思考に時間や空間の壁がなくなり、過去と未来を行き来する。
自己中心性が低下し、あるがままを受け入れるようになる。
自分をよく見せようとする態度が減り、本質がわかるようになる。
とのこと。
 日本での調査でも70代と80代を比べると、「ありがたさ」「おかげ」の認識、社会的自己からの脱却、無為自然(あるがままをうけいれる)、が増えるとのこと。
 できないことが不幸感が高まると思いきや、自分自身をとらえ直し、不幸感が弱くなり感謝の気持ちが高まっていく、そうですよ。
(the GLOBE 1月7日号 より)

● 大人になったら なりたいものは 男の子の夢「学者・博士」1位
昨年7~9月に第一生命の営業担当者が小学6年生までの子ども1100人に尋ねたところ、男の子の1位は前年の2位から浮上し「学者・博士」になった。サッカー選手(3位)や野球選手(2位)を抑え、15年ぶりにトップになった。
 学習指導要領の改訂で理科の授業の充実が図られたことや、日本人のノーベル賞受賞が相次いだことが影響したようだ。
 女の子21年続けて「食べ物屋さん」がトップだった。ついで2位が看護師さん3位が保育園・幼稚園の先生だった。


 折々のことば から
『万葉集』は、何と「雑」の分類から出発する。
                       中西進

年の初めといえばお雑煮。ここにも「」が使われている。
古代中国の辞書によれば、「」は「五采相い合うなり」(五色の彩りが一つになる)とか「最なり」(第一のもの)を意味すると、随想「美しきカオス」(「潮」昨年12月号)で国文学者は教える。雑技も華々しい技芸のこと。歌集の「雑」も華やかな開始を示すと思われ、「その他」ではないと。ごっちゃ(多様)こそ「万物の礎」?
                                 鷲田 清一

● 戌年生まれ 976万人 十二支で最少
2018年の干支「戌年」生まれの人は1月1日時点で976万人総人口1億2660万人の7.7%を占めると総務省が発表。
戌年生まれは終戦直後で出生数が比較的少なかった1946年生まれを含むため、十二支の中で最も少ない。男475万人、女502万人。


● 准高齢者
 先日書いたように「高齢者は75歳以上」とする提言があった。
その中で「65~75歳は准高齢者」との区別が示された。提言によれば前期高齢者(65~74歳)は「高齢者の準備期」と位置づけ「准高齢者」と名付けたとのこと。
 「准」も「準」も「ジュン」と発音し、意味も「なぞらえる」{次ぐ」はほぼ同じ。いくつかの漢和辞典には本来は「准」は「準」の俗字とある。
一般の用例で見ると「準」は準会員、準公務員、準決勝、準急など広く使われる一方、「准」は准尉、准士官、准将、准教授、准看護士などやや限定的
 どうもワーキンググループの方々が学者ということもあって「准」という字になじみがあり抵抗がなかったのが「准高齢者」との命名の経緯のようだ。

 「ことばの広場」の奈良岡さんが「准」か「準」かも気になるが、この世代の人を「おじいさん」「おばあさん」と呼ぶのか「おじさん」「おばさん」と呼ぶのか、元気で若々しい人が多いのだけに悩ましいですね、書いておられた。
 ・・・そうですね~若くみられるのはいつまでもうれしいことなので「おじさん」「おばさん」呼んであげた方がいいんじゃないでしょうか。
「ことばの広場」より




● カーボンインク
悠彩会展での質問で多いのが筆記用具だ。絵を描いておられる方が多いので筆記用具や紙が気になるようだ。
鉛筆はステッドラーの8B、インクは耐水性のインク、おすすめはプラチナのカーボンインク。(1500円)

プラチナのHPには「
発売 2001年5月、当時好評だった顔料の『カーボンインク』が今でも最も黒色が濃くでていることもあり 漫画家や漫画愛好家が、現行のカートリッジを分解して壜にためて使用されているという声が多く、ボトルタイプとして製作したのがはじまりです。」と書いてある。
耐水性なのでにじまないので水彩スケッチの筆記用具としてもよい。万年筆の中で固まる可能性があるかもしれないと思って僕は事前に補充して使っているが、今まで固まったことはない。